谷町9丁目のことを書いていて、思うことがある。
僕がこの道にいるのは、谷町9丁目にあった工房から始まる。
高1の頃、彫金の工房にアルバイトに行っていた。
銅版や真鍮の線でいろいろな装飾物を作る工房だった。
銀の指輪などを作る、チマチマした作業ではなかった。
銅版で作ったバラを鏡にデコレーションしたりする、男っぽい作業だった。
ある夏休み、おそらくお盆の頃だったように思う。
誰も居ないそのアトリエに行って、銅版で昆虫を作った。
蜘蛛や蟻、、、。
休みが明けて、先生が「明石、、よーやったなー、、」僕は意味が解らなかった。 「この、昆虫ええでー、、。」
その言葉が、今の僕人生を作って来た。
この人という師匠に仕えず、就職もせず、ひたすら自己流でやって来た。
自らが、自分自身の師匠となるべく物まねに明け暮れた。
最近思う、師と仰げる人が僕にも居たんだ。
そのアトリエの二人の師匠。
一人は、西宮でアクセサリーの会社を経営されている、田所先生。
もう一人は、世界を股に掛けて活躍されていた、ファッションデザイナーをやめて、東吉野で絵を描いておられる、坂本先生。
気まぐれに、遊びに立ち寄ると、思いきっり喜んでくださる。
「明石君、君はいろいろなおミュージシャンのコンサートなんかプロデュースしてるんやから、僕らの子弟展を是非プロデュースしてくれや、、、。」
考えている、、、、。
継承、伝承ということの大切さ。
来年、弟子の僕が60歳になる。
やらねばならない!!!。
数十年を集約して伝える、、、。
遠回りには、遠回りの意味がある。
しかし、
近道の上に進歩をを築いてもらいたい。


